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Neustadt調査とドイツ風建築 [生活]

先日、Strasbourg.euからの手紙が投函されていました。宛名はないので、周辺の住民全体に配布されたものだと思われます。前回このタイプの封筒が来た時は国勢調査への協力の呼びかけでした。

中に入っていたのは「Neustadt」の調査に関する連絡でした。大まかに言うと内容は、1870年から1918年の間に形成されたNeustadt(ドイツ語。Neu=新しい、stadt=都市、町;つまり新市街)について、11の区域に分けて文化遺産としての価値などを評価する調査を実施しています、もし参考になる書類や画像があったら連絡して下さい、というようなことです。調査は2010年から始まっていますが、6年かけて実施するそうなので、まだまだ続くことになります。

本をチェックしてみると、調査対象の地域が造られたという1870年から1918年の期間とは、この町がドイツだった時代でした。1870年に皇帝ナポレオンの軍が敗れると、ストラスブールはドイツのエルザス・ロートリンゲン州の主都となり、ただちにドイツ風の町づくりが進められました。旧市街のある中州と新開地を結ぶ地点に造られたレプブリック広場(最初は皇帝広場、1881年)には、ドイツ皇帝のためのライン宮殿(パレ・デュ・ラン;Palais du Rhin、1889年完成)、国立兼大学図書館(1895年完成)、州議会(現在の国立劇場)、ライヒスラント政庁(現在の財務局とバ・ラン県庁)が建てられ、この広場の東にあるリベルテ通りの突き当りには大学本館(Palais Universitaire、1884年完成)も設置されました。いずれもドイツの建築家によるドイツ式の建物です。これらの近くにあるサン・ポール教会(1892年完成)も当初はドイツ駐屯軍のための聖堂だったし、中世からあった病院もこの時期に大きく拡張されたそうです。このように、旧市街を取り巻く地域は、この時期にドイツが整備した街並みを今もたくさん残しているのです。

Palais.du.Rhin.JPG BNUS(2012.jan).JPG Palais.Universitaire.jpg
  ライン宮殿(パレ・デュ・ラン)    改修中の国立兼大学図書館      大学本館(パレス)

ストラスブールの旧市街は既にユネスコの世界文化遺産(Patrimoine mondial de l’UNESCO)として1988年に登録されていますが、今回の連絡を受けて色々見てみると、地元自治体には旧市街の周囲にある区域Neustadtも世界遺産に登録してもらいたいという野望があって、そのための調査を行っているということのようです。「新市街:ユネスコへの長い道のり」という文章があったことからも、ユネスコ世界遺産への登録を狙っているのは間違いないでしょう。「世界遺産」を意識してか、パリに次ぐ規模を誇る国立兼大学図書館では既に大掛かりな改修工事が行われており、外観はそのままに、中身は近代的なものに変わろうとしています。この工事は私が日本に帰国してもなお続く予定です。6年も費やす調査も3年がかりの改修も短期滞在者にとっては非常に長く感じられますが、古い歴史を持つ町にとっては、これらはほんの一瞬の出来事なのかもしれません。

関連サイト:
 Strasbourg.eu
  http://www.strasbourg.eu/

 ”La Neustadt au Patrimoine Mondial de l'UNESCO ?”
  http://www.archi-strasbourg.org/actualites-archi-strasbourg-14.html
  (このサイトでは1880年から1918、と書かれています…)
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